今回は人生における思い込みという内容を考えていきます。僕もできておりません。なんとか頑張っています。僕がこのようなことをお伝えするのも失礼かなと思いますが何かしらのお役に立っていただけるものが一つでもあればと思いまして書いていきますので最後までご覧いただければと思います。
人生における思い込みについて。
僕たちは自分の人生において常に思い込みがあります。このような言葉があります。
人間は自分の見たいものだけを見る。聞きたいものだけを聞く。見たくないものは見ない。聞きたくないものは聞かない。
たとえそこに重要なものがあるかもしれないですが、そこには気が付かずに過ごしてしまう。
この結果何かしらのチャンスや可能性を失ってしまうということです。
言われてみればそうだなと思います。ここから思い込みがどのようなものでどうすればいいのか?ということをふたつのパターンで考えていきます。
【その1】いかにして思い込みを捨てるか?
人間は自分のしている行動が正しいと思っています。間違っているかなと思いながら行動している人はあまりいないと思います。
この自分が正しいということが思い込みで間違っていることもあります。自分の判断は正しいのかという自問自答をすることが大切ということです。
ちなみに間違えていることがどうこうということではありません。人間の行動は無意識化で思い込みで間違えているということがよくあるのでここに気を付けることでよりよくなっていくということです。
よりよくなることを目的としておりますのでそのためには何が必要なのか?ということを考えております。
もうひとつについて考えていきます。
【その2】いかにして思い込みを捨てるか?
思い込みの要因となっている可能性が考えられるのが日本の学校教育ではないか?ということが考えられます。学校で教わることは答えが一つであるということです。考え方も正解は一つであるということです。
学校のテストはこれでいいかもしれません。問題に対して答えがあるからです。しかし人生においては答えはありません。四択問題の一つであるウが正解であるということはありません。
正解があったとしても一つではない可能性が考えられます。答えが一つしかないと思うことや何かに対してひとつの答えがあるということ自体が間違っている可能性があります。
僕が思うことですが十人十色と言います。十人いたら十通りの考えがあり、その考えが一致することもあれば一致しないこともあるということで答えが一つではないと思います。
このようなことを教わるあるいは学ぶことがないことから間違えるあるいは思い込みにとらわれるということではないか?と僕は少し前に思いました。
最後に僕の思っていることを書いていきます。
僕もできずに頑張っています。
今回記事を書いた僕もなかなかうまく出来ておりません。そんななかいろいろと頑張っております。
今回の話の大切なことがあります。人間には様々な可能性があります。年齢も関係ありません。
考え方ひとつあるいは解釈1つでよりよくなっていくということです。
みなさんの何かしらのお役に立てれば何よりです。
僕もみなさんも少しでもよりよくなっていけることを願っております。
最後までご覧いただきましてありがとうございました。